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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)698号 判決 1980年11月11日

控訴人

甲野太郎

右訴訟代理人

岡島勇

外二名

被控訴人

太田きよ

右両名訴訟代理人

大橋秀雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

当裁判所も、被控訴人らの本訴請求は正当としてこれを認容すべきものと判断する。その理由は次に付加訂正するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

一原判決四枚目表末尾に次のとおり加える。

「一の二 被控訴人らが本件縁組届の養親亡正夫の妹・弟であること、しかも、正夫には妻子なく、父母も既に生存しないことは、いずれも後述のとおりである。そのうえ、被控訴人らは、本件縁組により控訴人の三親等の血族とされ、民法七二五条の親族であるばかりでなく、家庭裁判所の審判により扶養の義務を負うこともありうる(民法八七七条二項)ので、本件縁組の効力の存否につき直接の関係をもつものというべきである。しかも、身分関係の画一的確定の要請からすれば、養親正夫の最近親者である被控訴人らが本件縁組の無効確認の人事訴訟を提起追行する資格があると認めるのが相当である。

一の三 控訴人は、被控訴人らの本訴提起は信義則違反・権利濫用・禁反言法理違反であると主張するが、仮に、被控訴人らが正夫の遺産を独占し、控訴人を放逐する意図をもつて本訴請求に及んだとしても、控訴人としては被控訴人らの右意図をもつてする具体的行為につき、その当否を論ずれば足りるのであるし、また、かつて被控訴人らが控訴人が正夫の養子となることに賛成したことも、本件訴訟提起を許さないものとする事由とならない。」

二<中略>同四行目末尾に「これら届出の前後には、周囲の者らは、正夫の意思を確かめようともしないで、右のように事を運び、正夫もその頃あるいはそれ以降において、控訴人と引続き同居し、その世話になりたい旨を表明したことがあるけれども、その域を超えて、離婚及び縁組の意思を表明することがなかつた(原審における控訴本人の供述中、正夫が離婚及び縁組の意思を明らかにしたかにいう部分は措信しない。)。」を<中略>加える。

三同末行から同裏九行目までを次のとおりに改める。

「以上の事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。また、昭和五〇年頃幸三が日常生活を通常人同様に行う能力を有した旨の控訴人主張に副う証拠はない。

以上によれば、正夫の縁組意思については、正夫は、本件縁組届前後及びそれ以降、控訴人との同居及びその保護を求める意思を明らかに表示したわけでなく、周囲の者が控訴人が正夫の相続にかかる家産・家業を引き継ぎ、正夫と同居してその面倒をみていくことを予定して本件縁組届に署名を求めるのを受け容れたことが認められるに過ぎず、また、昭和五二年六月の精神鑑定時には問に対して控訴人を養子にしたとか、財産を控訴人にやる等と答えたけれども、その頃控訴人のもとを離れて被控訴人太田方に同居し、同年八月には甲野次郎夫婦・太田光雄夫婦との各養子縁組届にも自ら署名している。

してみると、正夫が控訴人との同居及びその保護を期待する意思を有し、しかも、かかる状態におかれたことが一時期あつたにしても、これらの点は養親子関係における附随的事項に過ぎず、これをもつて控訴人との縁組意思があつたといえないし、縁組届以後の経緯に照らすと控訴人との縁組につき一貫した意思を有し、これを表明したとは到底いえないのである。

そして、正夫は、当時知能年齢五、六才の精神薄弱者であり、養子・財産等の意味を理解することがなかつたのであつて、財産上の行為能力を有しない者でも、身分行為能力を有する場合のあることはもとより否定できないが、身分行為にあつても、未成年者の養親となる場合には親権を行う能力が本来期待されるべきものであるし、また、本件のように成人間の養子縁組に限つていえば、事実的要素の濃い婚姻と異なり、契約的ないし規範的性格を強く有するので、知能年齢五、六才の者がその意思能力を有することはまずあり得ないところである。

したがつて、正夫は、当時養子縁組につき意思能力、ひいては、その行為能力を有せず、控訴人との養子縁組意思を欠くものというほかないから、本件養子縁組は無効である。」

よつて、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(倉田卓次 井田友吉 高山晨)

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